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きれいな音でひきましょう♪  ピアノレッスンは 想像力・創造力、そして、やり抜く力を育てます♪

無心で

この夏、数年ぶりにピアノコンクールに小学生の生徒さんを参加させて、今、再び「音楽とは何か」というテーマと、自身向き合っているところです。

 

コンクールは使い方次第だと常々申し上げております.。練習で追い込んだ末に、「失敗を恐れず、楽しんで弾いてね。」と送り出します。しかし、どうしても「競争」から逃れることは出来ません。「競争」は悪いことではありません。ライバルや同志から刺激を受けて、成長できることは確かなのですから。

しかし、それだけでは本当の音楽の喜びは感じえないでしょう。

 

ところで作曲家は、何故音楽を創るのでしょう?

作曲家の三善晃さんは「誰のためでもない、自分自身がただ歌うための旋律を求めるのです。その時、宇宙と交感する何かが、自分を取り巻く空気に満ち満ちる・・・たとえば、春は私たちも小鳥になりたいと思うのです。」と語っています。

「春が空気に満ちるように無心な演奏と出会いたいと思います。」とも。

 

そう、誰かに聴かせるためとか(もちろんそれも良いでしょう)良い成績を取りたいとか、上手く弾かなければ、なんていう雑念の多い演奏が巷には多いのです。

 

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     花はただそこに咲いているだけ。人目など気にしない。。

 

 

 

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                    競い合っているように見るのは人間の勝手。。

 

 

演奏という行為は「再現芸術」とも言われますが、それ以上にとてもクリエイティブなものです。自分のもっている感性や技術で新風を曲に吹き込むのです。個性がキラリと光る演奏は上手とか下手とかを超越します。

そして、作曲家と向き合うのです。作曲家が何を言いたかったのか、表現したかったのかを探るとき、そして、それが自分自身の思いと重なるとき「共感」を覚えます。自分が本当に「表現したい」という欲求が芽生えます。その時、さらに曲の美しさを探る自由が与えられるのです。

 

コンクールに生徒さんを参加させるとなると、曲をとにかくテンポで仕上げることに重点が置かれがちです。まず、ミスなく、そつなくこなせることを目標としてしまいがちです。個性など二の次になります。特に日本のコンクールはまだまだ技術偏重だと思います。最近は国際コンクールでも「個性的」な演奏が少なくなっていると言われています。

スタニラフ・ブーニンや、マルタ・アルゲリッチ・シフなど個性豊かな演奏家は、残念なことに最近は排出されていないですね。

 

聴いていて楽しい演奏・心地良い演奏に出会いたいと思います。生徒さんたちにも「基本には忠実に、でも個性も伸ばしてあげたい!」この相反する難しい課題とこれからも向き合っていきます。

 

弾き手がまず楽しむこと!

そうすれば、聴いている人にも必ず伝わると信じます。日本のピアノ教育には、まだまだそういった意識が不足しているように思われます。

 

コンクールが終わり、今、新学期からの生徒さんたちのカリキュラムの見直しを進めています。

一人一人が音楽と楽しく、そして真剣に向き合って欲しいという気持ちは、いつも変わりありません。