人間は色々な顔を持っている。生活のそれぞれの場面で、ある時は妻、またある時は嫁、友人、先生・・・立場に応じていろんな顔を持っている。なんだか多重人格のように思える時もあるが、どれも私に他ならない。
大人だけではなく子供もそうらしい。お父さんやお母さんがそばにいる時、兄弟と一緒の時、学校の先生の前で、お友達と、ピアノのレッスンの時etc...やはり様々な顔を持っている。
ある日、小学校低学年の生徒さんのレッスンで、こんなことがありました。宿題の曲を弾いてもらったら、とてもたどたどしい演奏で、リズムには乗ってないし、ミスタッチだらけ。楽譜も見ていないし、自分がどこを弾いているかもわからない・・・そんな演奏でした。
そこで、こんな「言葉がけ」をしてみました。
「あれー?今日の〇〇君はいつもの〇〇君じゃないみたいね・・・いつもの〇〇君はどこへ行ったのかなぁ。」
すると、私が指示する前にもう一度弾き始めました。今度はとてもいい感じ!
「〇〇君、さっきと違う人が弾いたみたいね!上手(@_@)!!もう一人の〇〇君が登場したのかしら!?」
すると、生徒さんは真剣な面もちで言いました。
「ボクの中にはもう一人のボクがいるんだ。」
・・・・・・
本人も認識している「もう一人の自分」。
その後、彼のレッスンの時は、この「もう一人の自分」を「引き出す」ようにしてみました。以前よりずっと弾けるようになりました。
確かに私にもある。弱腰な時、不安なとき、ここ一番のとき、確かに「もう一人の自分」がそばにいて、励ましたり、喝を入れたりしている。「気」を入れるということは、こういうことなんだ!と今さらながら気が付いた。
自分が自分をコントロールするのではなく、もう一人の自分が支配している。そう考えると、ピンチのときも少しは気が楽に持てそうだと感じた。
ピアノを演奏するときは、役者さんのように何かを演じる感覚は大切です。もう一人の自分どころではないですね。
日の出桟橋から東京湾・お台場を望む。ゆりかもめの飛翔は何かに導かれつつも、自由だ。